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2009年3月

観音崎 2009.3.29

Img_1519 9:40 京浜急行電鉄「馬堀海岸駅」を出発。湘南電気鉄道の開業と同時にスタートした駅で、駅名のとおり、当時は駅のすぐ近くを走る国道16号線に沿って、砂丘が長く続く美しい海岸線が広がっていたそうである。現在は、埋め立てによって美しい砂丘は消え、防波堤に沿って走るバイパスと分譲住宅ができている。

Img_1522 15分ほど歩くと、国道16号線に出る。正面には「猿島」が見える。猿島は、明治初期に要塞として建造されたもので、現在でも居住施設や指令部などがほぼ完全な状態で残っている。(http://www.sarusima.com/

Img_1526 国道16号線に沿って海辺の散歩道「うみかぜの路」が設けられている。

Img_1528 しばらく歩くとアサリ漁をおこなう男性に出会う。この一帯は横須賀市東部漁業協同組合が漁業権を持っているので、勝手に採ってはいけません。

Img_1538 10:10 横須賀市水道局「走水水源地管理センター」到着。ここでしばらく休憩。ここは、明治9年、横須賀造船所のためにフランス人技術者ヴェルニーが築造した水源地。明治41年、横須賀市が一部払い下げを受け、市内に給水を開始したのが横須賀市営水道の始まりと言われている。(http://www.water.yokosuka.kanagawa.jp/)

Img_1543 多くの方が水を汲みに来ている。

Img_1537 敷地内に植えられた桜は、花見シーズンになると「桜のトンネル」と呼べるくらい見事に花を咲かせ、桜の開花時期にあわせての走水水源地一部開放が行われている。

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Img_1550 走水海岸は、遠浅の海が広がる、三浦半島では数少ない潮干狩りスポットである。

Img_1552 走水漁港。

Img_1557 10:50 「走水神社」で安全祈願。走水神社の祭神は、日本武尊(やまとたけるのみこと)とその后弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)の二柱。神社が創建された年代は不明だが、景行天皇の即位40年(110年)、東夷征討の命を受けた日本武尊が、この走水から上総へ渡られるにあたり、村民に「冠」を賜りましたので、冠を石櫃に納めて、その上に社殿を建て、日本武尊を祭ったことに始まるとの伝説がある。

Img_1560 手水やでは可愛らしいカッパがお出迎え。

Img_1566 観音崎京急ホテル(http://www.kannon-kqh.co.jp/)の脇から再び海岸線へ出る。

Img_1568前方を見上げると「東京湾海上交通センター」が見える。「東京湾海上交通センター」は、東京湾内を航行する船舶への「情報提供」と「航行管制」を行う海上保安庁の施設である。(http://www6.kaiho.mlit.go.jp/tokyowan/

Img_1572 ウラシマソウ

三浦半島の自生植物は約1000種を数えることができるが、その半数以上が観音崎に自生している。暖地性海浜植物が発達して育ったとのことである。

Img_1574 観音崎公園内の道を登る

Img_1575 灯台までもう少しImg_1578

観音埼燈臺所轄地との標柱がある。

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岩の間を抜けて・・・

Img_1580 11:55 「観音埼灯台」に到着。日本最初の様式灯台として明治元年(1868年)に起工し、翌年1月1日に点灯された。当時の灯台は横須賀製鉄所製のレンガを用いた四角形の建物で、フランス人技師ヴェルニーが幕府の依頼で設計されたもので、現在の灯台は3代目。

Img_1583 東京湾を大型タンカーが航行している。Img_1589

北門第一砲台跡。観音崎は三浦半島の最東端にあり東京湾を一望できることから古くから東京湾防備の要塞地帯として使用された。この砲台は明治17年6月に完成した日本初の洋式砲台。Img_0889

12:20 海の見晴らし台で昼食。頭の上にはトンビが旋回している。傍にいた女性はサンドウィッチ、男性はいなり寿司を盗られた。Img_1593

広場からは、東京電力西火力事業所の「横須賀火力発電所」が見える。三浦半島一帯および首都圏への電力供給基地となっている。(http://www.tepco.co.jp/yokosuka-tp/index-j.htmlImg_1596
13:30 戦没船員の碑。戦争で亡くなった民間船員6万余人の慰霊と平和を願って建てられた慰霊碑。

Img_1598 13:40 たたら浜。たたら浜は自然の砂浜と磯が残り東京湾の中でも外洋と内湾の両方の要素をもつたいへん貴重な場所で、豊かな照葉樹の森から流れた栄養分を含んだわき水が海草を育てアマモ場が形成されている。この周辺は豊富な魚介類の生息地で「クサフグの産卵地」としても知られる自然の宝庫となっている。Img_1601
ゴジラの足跡。

昭和29年、ビキニ環礁での水爆実験で太古の眠りから目覚めたゴジラは、横須賀市観音崎・たたら浜沖にその巨大な姿を現したそうだ。 Img_1606

ハマダイコン。

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ヒメオドリコソウとオオイヌフグリ。

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カラスノエンドウ。

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観音崎大橋の上から覗くとクサフグが泳いでいる。Img_1623

クサフグ。

Img_1625 15:30 京浜急行電鉄「浦賀駅」到着。

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15:33発羽田空港行きに乗車。帰途につく。

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大平山(159m) 2009.3.21

Img_1333_2 9:12 京浜急行電鉄「金沢文庫」駅西口を出発。暗渠となっている谷津川沿いを横浜方面へ戻る。「金沢文庫」の駅名は近くの称名寺に隣接する「神奈川県立金沢文庫」にちなんでつけられたもの。

Img_1335 しばらく歩くと踏み切りの脇にハイキングコースの案内がある。ここを左に曲がる。

Img_1337 曲がるとすぐに、かつて古道であったことをうかがわせる道標がある。ここを右に曲がる。

Img_1338 住宅脇に「六国峠入口」の看板があり、ここからが登山道である。 Img_1340_2

切通しの登山道を登る。

Img_1348_29:41 能見堂跡に到着。能見堂は寛文年間(1661~1673)に、地頭の久世大和守広之(くぜやまとのかみひろゆき)が再興した擲筆山地蔵院(てきひつざんじぞういん)のこと。Img_1345

ヤマザクラ。

Img_1351 能見堂跡の先を右に下ると不動池へ出る。

Img_1352 カモとコイが戯れている

Img_1356 能見台5丁目の住宅地を右に見て、階段を登ると八津関ケ谷不動尊がある。

Img_1355 お堂の前に可愛らしい手水(ちょうず)がある。

Img_1363 八津関ケ谷不動尊の上の広場には春の草花が咲いている。ここで小休止。

スミレ。Img_1370

シャガ。Img_1375

クサイチゴ。Img_1377

ヤマブキ。Img_1380

ギブシ。Img_1382

10:10 再びハイキングコースに戻り、少し進むと左側の岩のくぼみに小さな道祖神がある。Img_1381

1円玉と比べてみるとその小ささがわかる。Img_1384

さらに進むと右手に小さな石窟があり、乳酸菌飲料の入れ物を花瓶代わりにして花が供えられている。Img_1383

道の傍らにはハナダイコンが咲いている。Img_1386

さらに登山道を進む。Img_1387

能見台6丁目への分岐を鎌倉天園方面へ。横浜横須賀道路を超え、能見台2丁目の住宅地を右に見ながら進む。Img_1398

10:41 T字路を右に行くと、高区配水池に到着。

Img_1399 再び登山道に戻り、金沢自然公園・天園方面へ進む。Img_1401_2

横浜横須賀道路の下をくぐる。Img_1403

金杉台広場の分岐を金沢自然公園方面へ進む。Img_1404

3月20日~22日は、横浜市立金沢動物園の開園感謝祭で入園無料のため、駐車場は早くも満車。Img_1417

11:00 金沢動物園のニコニコゲートに到着。Img_1418

ののはな館で休憩。「ののはな館」は入館無料で、動物園のイベントや自然観察に関する情報を得ることができる。(http://www.kanazawa-zoo.org/index.htmlImg_1419

コアラ焼き。中にはアンコが入っている。

Img_1420ののはな館からの眺望。Img_1424

11:28 ののはな館を後に、「しだの谷」へ。湿地に適した落葉広葉樹を植栽し、以前にあった一面のシダの復活を願っているとのこと。

Img_1426ニリンソウ。Img_1428

マンサク。Img_1429

階段を登ると分岐となり、横浜自然観察の森・鎌倉天園方面へ進む。Img_1432

横浜横須賀道路の側道を進む。Img_1433

公園との境にはツバキが咲いている。Img_1430_2

横浜横須賀道路の下をくぐると、通行止めの案内がある。横浜環状南線の工事により、H2とH1の標識の間が通行止めとなっており、「瀬上市民の森」へは、「清戸の広場(標識H3)」を通って迂回する必要がある。

「ひょうたん池」方面には、防護柵がある。

「この先は、足場も悪く危険です。大丸山周辺を利用される皆様の安全を確保するため、土地所有者のご協力を得て、立入防護柵を平成20年2月25日頃に設置いたします。皆様のご理解とご協力をお願いします。(横浜市環境創造局用地調整課) 」 

歩いて来られた男性がいたので、柵の脇から中へ入った。

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池の脇の木道を進む。

Img_1441 大丸山への分岐(標識H5・・地図には載っていない)を関谷奥見晴台・鎌倉天園方面へ進む。

Img_1442 谷筋を進む。大丸山一帯は、横浜市内でも最大クラスの自然が残されているところで、大丸山がある緑地(25.7ha)は、所有者の京浜急行電鉄と横浜市との合意により、平成20年4月に「金沢市民の森(28ヶ所目の市民の森)」としての指定されている。http://www.city.yokohama.jp/me/kankyou/green/shiminnomori/shimin_mori_hyou.htmlImg_1444_2

足元にはシダが生い茂る。Img_1445_3

ゆるやかな坂を登り、Img_1448_4

階段を登ると防護柵がある。

Img_1454 柵の脇からいきなり出たので、家族連れがびっくりしたようだ。みなさんは真似をしないでください。m(_ _)mImg_1453_1

12:16 関谷奥見晴台に到着、ここで昼ごはん Img_1456_2

広場になっていて、多くのハイカーが休んでいる。Img_1449_3

関谷奥見晴台からの眺望。Img_1452

モモ。

Img_1457 12:44 鎌倉天園へ向かって出発。Img_1458

分岐を鎌倉天園方面へ進む。Img_1459

尾根道を進む。Img_1461

切通しを進む。Img_1468_2

ウグイスカズラ。 Img_1473

13:17 天園休憩所に到着。キャラブキをつまみにビールでかんぱい。Img_1476

店の上にある展望台からの眺め。

Img_1480 横浜市の最高地点(159.4m)は、鎌倉市境にある大平山(山頂は鎌倉市域)の尾根沿い(栄区上郷町)でこの付近となる。

Img_1481 尾根道の右手には鎌倉カントリークラブがある。

Img_1484 広場を過ぎると太平山への岩場がある。Img_1485

13:52 太平山(159m)山頂に到着。

Img_1488 太平山からの眺望。みなとみらいのランドマークタワーが見える。

Img_1491 大平山からの下り。

Img_1494 キランソウ(ジゴクノカマノフタ)

Img_1501 切通しの尾根道を進む。

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かながわの景勝50選「鎌倉十王岩の展望」。木々に遮られ眺望は良くない。

Img_1506 しばらく尾根道を進むと右手に視界が開ける。

Img_1508 半僧坊からの眺望。眼下には建長寺が見える。

Img_1511 アップダウウンを繰り返し尾根道を下り、住宅地を通って「明月院」へ。

Img_1516 明月院通りを進み、JR横須賀線北鎌倉駅を向かう。

Img_1513 サクラが開花。Img_1512_2

Img_1518

JR横須賀線北鎌倉駅。15:02発JR横須賀・総武線上総一ノ宮行に乗車。帰途に着く。

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草戸山(364m)2009.3.15

Img_1241 8:18 JR横浜線橋本駅から「上中沢」行きの神奈川中央交通バスに乗車。

Img_1242 8:38 バス停「中沢」で下車。

Img_1245 バス停前の「カンヒザクラ」

Img_1249 8:50 中沢三島神社で登山の安全を祈願。

Img_1252 津久井の名木「スダジイ」。樹高20m、樹齢推定400年とのこと。

Img_1254 圏央道(さがみ縦貫道路)の工事現場。

Img_1255 日本一の巨木「ウラジロガシ」幹周り8.42mは日本一。樹齢350年、樹高20m。

2003年、圏央道を建設する計画が進行していく中、「近くに存在するこの巨木を残してもらいたい」と地元から強い要望を受ける。圏央道は、完成すれば、都心の渋滞を緩和するバイパス機能、事故・災害時の交通をスムーズにする迂回機能などの大きな役割を果たす。ウラジロガシと圏央道。価値ある2つのものを調和させるため、相武国道事務所では「さがみ縦貫道路中沢地区樹木保全検討会」を設置。日本有数の巨木を最良の状態で保存し、道路計画と調和させるにはどうすればよいか検討を重ね、圏央道の側道部分を、ウラジロガシをよけるように南側に曲げる、という保全策を打ち出した。(国土交通省関東地方整備局HPから)

Img_1257 圏央道の工事現場の脇を通って登山道へ。

Img_1259 ここから登山道へ入る。春の訪れを告げるウグイスの初鳴きがあった。

Img_1260 杉林を進む。

Img_1261 登山道に水路が設けられている。

Img_1264 9:45 神奈川県企業庁城山発電所に到着。

わが国初の大規模な純揚水式発電所で、地下230メートルに4台の発電電動機・ポンプ水車があります。夜間の余剰電力を利用して津久井湖の水を城山湖に汲み上げ貯留します。電力需要の多い時間には、城山湖から津久井湖に発電により放流します。公営電気事業唯一の純揚水発電所で、最大出力250,000kWを有し、消費地に近い供給予備電源として重要な役割を担っています。(神奈川県企業庁HPから)

Img_1265 再び登山道へ。

Img_1268 途中から城山湖を望むことができる。

Img_1270 10:10 加藤武雄文学碑に到着。地元出身の大衆文芸作家。Img_1272

サンシュユのつぼみ。

Img_1273 しばらく整備された登山道を進む。

Img_1274 迂回路の看板がある。

Img_1276 稜線への手前で急登となる。

Img_1280 10:35 稜線に出ると電波塔がある。

Img_1283 10:40 榎窪山(420m)

Img_1284

10:55 町田市の最高峰、草戸山(364m)に到着。地図上は364m、看板には365mとあるがどちらが正しいの

Img_1285 山頂にはやぐらが立っている。ここで昼ごはん。

Img_1286 山頂から先程の電波塔が見える。

Img_1288 JR横浜線橋本駅のマンション群も見える。

Img_1295 11:55 草戸峠方面へ下山開始。

Img_1297 足元に気をつけて。

Img_1301 12:10 草戸峠に到着。

Img_1300 北西側に視界が開けている。城山や高尾山が見える。

Img_1303 八王子市と町田市の境界を大戸集落方面へ下る。

Img_1305 12:20  草戸峠からの分岐に到着。

Img_1304_200m 境川の源流まで200mの看板。

Img_1306 川沿いの道を進む。

Img_1318 境川源流入口の看板。

Img_1307 橋を渡る。

Img_1317 この奥が源流。流木もあり足場が悪い。

Img_1314 至るところから水が湧き出ている。Img_1316

真の源流はまだまだ先。

足場が悪いのでここで断念。

Img_1319 小仏層。町田市でいちばん古い地層で、今からおよそ1億3500万年から7000万年前の中世代白亜紀の頃に海の堆積物がもとになってできたとのこと。泥岩や砂岩から変化したと言われる粘板岩、千枚岩、硬砂岩などからできているそうな。小仏層は関東山地の南部地域に分布している地層で、関東山地の東のへりと多摩丘陵とが接しているところなんだって。ふぅ~ん

Img_1322 畑にはキクザキイチゲや

Img_1329 菜の花が咲いている。

Img_1327 背後には草戸峠から高尾山口駅への向かう稜線、鞍部が見える。

Img_1330 13:15 バス停「青少年センター入口」に到着。

13:29発 法政大学経由橋本駅北口行きのバスに乗車。帰途に着く。

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かながわ伝統芸能祭 地芝居2009 2009.3.8

「菅原伝授習鑑 寺子屋の場」入谷歌舞伎

歌舞伎ワークショップ「付けと柝(ひょうしぎ)」 堀内紀宏

「松羽目物一棒しばり」目久尻歌舞伎

「仮名手本忠臣蔵七段目 祇園一力茶屋の場」大谷歌舞伎

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